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久しぶりのハーフ自己ベスト!! #丸亀ハーフマラソン

◆開催日◆ 2004年2月1日 (Sun) 晴れ ◆種 目◆ ハーフマラソン(21.0975km) ◆伴走者◆ ふじもっちゃん@福山城さん ◆記 録◆ 1時間49分48秒 距 離 通過タイム ラップ 0-5km 0:27:18   5-10km 0:52:43 0:25:25 10-15km 1:18:04 0:25:21 15-20km 1:44:07 0:26:03 Goal 1:49:48   《REPORT》  昨年の丸亀は、風邪の引きはじめだったのに、「まあハーフぐらいだから大丈夫だろう。」っとなめてかかった結果、”折り返し頃から体調悪化”~”15km頃には意識朦朧”~”歩き出す”~”最後の踏ん張りで走り始め”~”なんとか制限時間2分前のゴール”~”ゴール五はふらふらで立ってられない”という、実に輝かしい(^.^;記録だったので、今年は体調管理に気をつけていた。 ・・・のに、1週間前に軽い風邪をひいてしまい、当日には風邪も治っていたが、なぜか左肩が異常にこり、絶好調という感じでもない。  7時半にTさんが自宅に迎えに来てくれ、丸亀の会場へ向かう。今晩は雨の予報であったが、走っている間は晴れマーク、暖かそうなコンディションである。  受付をすませ、着替えようとしたところで本日の伴走ふじもっちゃんから電話。藤もっちゃんとの合流ポイントに行くと、うさちゃんの元気そうな声が聞こえてきた。  うさちゃんも本日はMさんの伴走ということで、本日の目標とすることに!!  サブグラウンドで1kmほどウォームアップをしてからスタートラインに向かう。  昨年までは丸亀競技場発着だったが、なぜか今年はスタートが競技場の外になっている。スタート時の混雑を回避する目的かとも思ったが、実際に11時15分にスタートしてみると、参加人数が多いせいもあるが、道は細く、いつまでも集団がばらけず、伴走のふじもっちゃんも、走路を探すのにけっこう苦労している感じだ。  先行するうさちゃんペアに3kmくらいで追いついて、何となく流れで、今度は僕らが前に出る。5kmの通過は27分十何秒っとふじもっちゃんが教えてくれる。  最初の給水ポイントは混雑するのでパスすることに!そこを過ぎたら、少し周囲の足音がまばらになったような気がする。 この大会は、ハーフマラソ...

雪満喫の土佐矢筈山

★山行日★ 2004年1月4日(日) 見事な快晴!! ★山行先★ 土佐矢筈山 1607m       高知県物部村・徳島県東祖谷山村 ★参加者★ ポレポレのKさん、Sさん、Tさん、Nさん&源気 【計5人】 ★記 録★ 高知発(7:30)→南国(7:45)→物部ふれあいプラザ(8:20)→矢筈峠登山口(9:30)~登山開始(9:55)直登ルートとの分岐点(11:00)→土佐矢筈山頂(11:35)~<昼食>~下山開始(12:10)→直登ルートとの合流点(12:30)→下山完了(13:35)→物部ふれあいプラザ解散(14:50)~  今回は(も?)、山行案内が遅れたせいか、山行二日前時点での参加者は、SさんとKさん、そして私だけという、”ポレポレ初のメンバーそろわず山行中止”という言葉が眼前にちらつく、わずかながらも虚無感を覚えての年明けであった。そして、今夜には山行中止の連絡をしようとあきらめかけた夕方に、Tさんより「メンバーが足りないなら行きましょうか!」という連絡が入り、”もう一人サポートを見つけられれば!”という希望がわいてきた。  その後、方々に連絡をし、香川に帰省中のNさんの了解をいただき、無事2004年の幕開け山行もGOサイン!を出すことができた。  当初の計画では、中津明神を予定していたが、村に問い合わせたところ、雪もあまりなく、しかも夏の台風等で登山道が崩壊しているということであり、急遽山行先を土佐矢筈に変更することとした。  元旦から晴天が続き、あまり雪も期待できなかったが、我々を乗せたとうくろう号が登山口の矢筈峠に近づくにつれ、徐々に雪は現れ、チェーンを巻きたどり着いた登山口は、30~40cmの積雪であった。  これほどの雪を予想していなかったKさんは、装備や安全面から、車で一人待機することを決意したが、説得の結果(ある種強引に?)、一緒に登ることを決意する。  それにしても、登山口まで来ていながら、状況を判断し、自ら待機を決断するということは、なかなか普通出来るものではない。今回は特に事故もなかったが、無理に説得して山に入り、その結果事故が起こるという可能性もあり、山での判断の難しさをも考えるきっかけとなった。  今回は5人パーティーと、やや寂しい感じだが、防雪防寒対策をしっかり整え、いざ今年初めの一歩を雪の上に踏み出そう!  登山道では、陽のあた...

初めてのサブ4だったのに… #青島太平洋マラソン

 ううっ、北国の方々が冬眠しないぞっ! と頑張っているのに、南国高知にいながら、早々と1週間冬眠してしまった。 (^^; 冷や汗  風邪が治っていないのに、マラソンで体力も抵抗力もすり減らしちゃったもんで、今度は風邪のばい菌ちゃん達が大喜びで、体の中を走り回ってしまい、肺炎でも起こしてるんじゃないかと思うほど、咳と痰と熱が続いて、夜寝ると腹筋が痛くなるほど、発作的に咳が続き、自分の愚かさが、ほんとうに身にしみた一週間でした。   おろおろ  さて、走りの方ですが、14日の朝起きた時点では、鼻水が出る程度で、まあどうにか走れるかなと言う感じだったんで、とりあえずエネルギーをどんどん補充して、スタートの列に並びました。  スタート時の競技場の気象条件は、天候は曇り、気温7度、北東の風0.9m、湿度78%と、それほど寒くもない陽気でしたが、ちょっと風邪も心配だったので、ランニングはやめて、FRUNグランプリでゲットしたハンドル入りFRUNTシャツを着ることにしました。  今回のフルの参加者は3700名くらいということで、真ん中よりやや後ろに並んだのですがスタートラインを越えるのに1分半ほどかかりました。  前夜の宮崎到着が遅かったし、レース前もアップと言うよりは体力温存という感じでしたから、文字通りスタートしてからが、シューさんとの伴走の初お手合わせでしたが、なかなかほぐれない集団の中で、けっこう苦労しながら、それでも僕の走り安そうなところを見つけて走らせてもらったので、安心して走ることができました。  最初の5kmは抑え目に入ったのですが、風邪のせいか、それとも大会前5日間全然動かなかったせいか、体が重く、体があんまり暖まらない感じだったので、この時点で今日の完走はあきらめて、走れるところまで行って棄権する気になってました。だもんで、ペースを無理に抑えて、後半にエネルギーを残そうと言う気持ちもなくなってしまい、とにかく楽なペースで走れるところまで行こうと言うことにしました。  10km、15km、20kmの何と遠く感じたことか! やっとハーフ!折り返しだ。タイムは1時間50分くらい。シューさんに「源気くん今日は調子よさそうだねぇ!」と言われたけれど、依然体は重いままだったので、「今日は歩きますよ。(^^;」とぽつり。  ハーフからはがくっと落ちて、頭の中ではいつ歩こうか...

なんとかリベンジしまなみ遠足 #しまなみ海道100km遠足(とおあし)

(コース) 広島県福山市福山城→《しまなみ海道》←愛媛県今治市今治城 (日 時) 2000年6月4日 (種 目) 100キロマラソン (天 候) 午後2時頃までは曇っていてそれからは晴れマーク (伴走者) UMMLの中村@高松さん (タイム) 15時間48分くらい (^^; 《完走記》  夜明け前の町をスタートラインの福山城目指して歩く。隣の中村さんに空の様子をきくと、星も月も見えない曇り空ということである。  城への砂利の登りに入ると、昨年のことがいろいろと思い返される。  100キロへの初挑戦が昨年のしまなみであった。そして敢えなく50キロ手前で自滅。その後一度だけ四万十ウルトラで100キロの完走を経験したが、昨年のリベンジと言うには、正直言って準備不足は否めない。 写真:スタート前のUMML集合写真。上段左から小倉さん、すずやんさん、中村さん、源気、藤原さん、下段左から宮城さん、水野さん、ふじもっちゃん、内園さん  4時半過ぎ、スタート地点にはもうほとんどのランナーが集まっている。昨晩のUMML前夜祭のメンバーも、みんなリラックスしてスタートを待っている。それんしてもUMMLのメンバーは走りの方も飲む方も豪快な人ばかりである。スタート前にはFRUNのまなみさんも元気そうに声をかけてくれた。今回初挑戦ということだが、あまり緊張してる様子もない。  いよいよ5時が近づき、主催の海宝さんの大会全体の雰囲気を表すようなありがたいお言葉が、ランナーの顔をほころばせる。そして鍋をたたくような半鐘の音。ぞろぞろと集団が動き始め、僕らも城の砂利道を歩きで下り出す。今日の長い一日が始まりだ! 中村さんよろしくお願いします。  昨年同様暴走族の爆音が見送ってくれている。500m地点くらいまでUMMLのすずやんさんも近くを走っていたが、ゴールでの再会を告げて前に消えていった。ウルトラのスタートはみんなリラックスしていて、いろんな話し声が聞こえてきてそれが実にいい。  10キロ過ぎくらいまでは2号線の脇道を通ったり、国道部分も歩道がしっかりしていて比較的走りやすいが、それを過ぎると所々歩道の狭いところもあり、伴走の中村さんもストレスを感じているようだ。  歩道がしっかりしているといっても、国道のトンネルの中はダンプが通り過ぎると、耳を奪われ平衡を失いそうになる。自然に肩に力が入り逃げ...

思いがけない100km完走でウルトラの世界へ! #四万十川ウルトラマラソン

先週は、四万十の直後から介護支援専門員の前期実務講習が続き、すっかりネットからも遠ざかっておりました。  今回6月のしまなみのクイを抜くために、リベンジとして四万十100キロを設定しましたが、夏場の雨続きと、身の回りのしがらみで思うように練習もできず、昨年より5キロも体重を増やしてのスタートラインでした。  KadoさんのHOMEPAGEで知り合った高松の中村さん に伴走を引き受けてもらい、前日の中村入りも中村さんの車で、途中Kadoさんとも合流してにぎやかに3時半頃到着。  受付で何人もの走りを通じて知り合った人たちに声を掛けてもらい、何となく心がほっとして、リラックスできて、明日はがんばろうと言う気持ちが出てきた。  ウェルカムパーティーにちょっとだけ顔を出して、ホームステイ先の知り合いの教会へ!  ここでもまたいろんな出会いがあり、参加者一人一人いろんな思いで四万十に集ってきていると言うことを再認する。  中村さんとKadoさんは寝酒のビールを楽しそうにやっていたが、僕は明日に心の余裕が持てず、お先に失礼させていただき、布団に潜りこんだ。 m(__)m  翌朝は思ったほど寒さも厳しくなく、重い身体でいよいよスタートラインに立つ。  これからの長い一日をイメージして何度か深い息を吸う。  5時半! ゆっくりと集団が動き始め、ほとんど最後尾から長い一日に踏み出す!  大会の2・3日前に走った後にあまりにも身体が重いので、どこかほんとうに具合でも悪いのではないかと思い、近くの病院で血液から尿、心電図と調べてもらったが、診断結果は”至って健康、どこも異常なし!”っという、要するに、お医者さんの太鼓判付きのただの太りすぎということが判明していた。 (^^;  んなもんで、自分自身どこまで走れるかも見当が付かず、キロ7分から7分半くらいのペースでポレポレ走るが、ちょうど同じくらいのペースで狭い道に救護車が追走しているので、伴走の中村さんはかなりのストレスを感じているようだ。  10キロ手前あたりでもう一組の視障者ランナーを抜かした。福岡から来たと言っていたような・・・ (^^;  コースは前半の標高差700mの山越えにかかり、周りには歩いている人も出始めた。僕は頭の中で”いつ歩き始めようか!? (^^;”などと思いながら、うつむき気味のフォームでピーク(20キロ地点)のお...

ウルトラデビューは60kmの部から #四万十川ウルトラマラソン

 今回は4月の霞ヶ浦以来練習も停滞していたのですが(^^;、5月末に思いがけず一徹さんから四万十川へのプロポーズをいただき、長男の誕生や、自分の体調を崩したのにも関わらず、目標があったおかげで、どうにか今日まで走りを継続することができました。    「一徹さん、ほんとうにどうもありがとうございます。 m(_._)m」  当日は、ちょうど日にちを合わせるように台風10号が来ていたので、開催がかなり危ぶまれていましたが、17日の夜のうちに四国地方を通過してくれたので、夜中の2時には星空が見えていました。  100キロの部の方はコース点検などの都合から30分遅れの6時スタートに変更になりましたが、僕らの60キロは当初の予定通り10時にスタートすることができました。  走りはじめはまだ薄雲が残っていてそれほど暑くもなかったのですが、お昼頃からは30度近くまであがったようで、木陰のないコースではかなり暑く感じられました。  でも時より感じられる四万十の水面を翔てくる風は気持ちよく、一瞬疲れを和らげてくれます(・・・っと言っても、そんな余裕は前半だけね。 (^^;)  しかし”清流四万十”が残念ながら当日は台風のおかげで”濁流四万十”でした。んなわけで本来はコース中で沈下橋を渡る予定でしたが、今回は本当に沈下しちゃってましたんで、もう少し下流の立派な橋にコース変更になっていました。  走りの方はと言うと、長男誕生後は睡眠不足で、それから今年の猛暑、おまけに8月のお盆過ぎに急性腎炎をおこし、3週間運動にドクターストップがかかってしまい、6月70キロ、7月40キロ、8月70キロ、9月180キロ、10月は90キロと、すっかり練習不足のかいあって(^^;、前半から調子が悪く、20キロを走りきったあたりで、もう体は重いし(^^;、足にマメができるし(^^;、今までフルを3回走った中で一度も途中で歩いたことがなかったのに、今回は30キロ過ぎで無念にも歩いてしまいました。 (;_;)  それが自分自身悔しくてくやしくて、もうこの時点で完走はあきらめてしまったのですが、とりあえずフルの距離だけは越えよう! と歩いたり走ったりを繰り返していました。  ちょうどそのころに網干さんに声をかけてもらえ、何か鳥肌が立つほどうれしくなりました。  今回伴走をしてくれたFRUNの一徹さんに引きずられながらど...

『白山山行報告』

(山行日) 97年8月23(土)~24(日) (山 名) 白山 御前峰(2702m) (天 候) 快晴れ (メンバ) 10人(うち視障者2人と幼児1人) (コース) 8/22 高知を夜7時過ぎに出発~      8/23 9時に別当出合にて東京組と合流       別当出合登山口(9:20)→砂防工事小屋(10:12,10:27)→別当覗(11:32)→      →甚之助避難小屋(12:15)~昼食(13:30)→南竜ヶ馬場方面との分岐      (14:00)→黒ボコ岩(15:30,15:50)→白山室堂(16:24)      8/24      白山室堂(4:24)→白山山頂(5:00)~日の出(5:20)→御池めぐり経由→     →白山室堂(7:00)~朝食~出発(8:15)→黒ボコ岩(8:50)→甚之助小屋     (9:52)→別当覗(10:45)→林道水場(11:17)→別当出合(12:10) 【記 録】  夕べから走り通しで8時前に別当登山口の駐車場に着いた。やはり今回も車の中ではほとんど眠れなかった。  9時に別当出合で東京組と合流し、いざ出発。天気が少しでも崩れるようであれば妻と春凪(はるな_1歳4ヶ月)は金沢で遊んでおいてもらおうと思っていたが、天気はちょっと良すぎるほどでとりあえず心配はない感じだ。それよりも僕自身の睡眠不足と暑さの方が不安だった。  別当出会いから少し下り、大きな吊り橋を渡ると少しずつごろごろとした登山道が始まる。やはり人気の山だけあって、四国の山とは比べものにならないほどの登山客だ。  一家の荷物をまとめて担いでいる妻と娘を背負っている僕らのペースに合わせてくれて、誰にも負けないポレポレペースで進む。とうくろうさんに教えてもらったハクサンカメバヒキオコシという花の名前にみんな和気藹々と言った感じだが、僕一人だけどうも余裕がない。 (^^;  白山の登山道は思ったよりもがれがれとしていて、娘を背負っているせいもあるが、一歩一歩けっこう気を使う。長い移動の疲れもあってか背中の娘は汗をかいて眠っている。 (^^)  別当覗に着いたときにはもうけっこう僕は疲労していた。室堂小屋に荷物を運ぶヘリの音が頭の上を通り過ぎる度に、”あの荷物と一緒に・・・”っという気持ちがわき上がる。  甚之助避難小屋前の広場で昼食とすることにした。休...